大判例

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東京地方裁判所 平成元年(ワ)3601号 判決

原告

山岸幸雄

山田忍

大橋健次

鵜瀬文男

金子孝

真栄城守

岡田勉

小林敬一

堀内尚二

北井敏英

右原告ら訴訟代理人弁護士

山口広

森井利和

鬼束忠則

被告

大星ビル管理株式会社

右代表者代表取締役

小林茂夫

右訴訟代理人弁護士

土肥原光圀

江川滿

主文

一  被告は、

原告山岸幸雄に対し金三九万二六一〇円を、

原告山田忍に対し金二五万〇〇一〇円を、

原告大橋健次に対し金二三万九八四〇円を、

原告鵜瀬文男に対し金一九万〇七〇〇円を、

原告金子孝に対し金四〇万六三六〇円を、

原告真栄城守に対し金五六万六四一〇円を、

原告岡田勉に対し金二〇万二三三〇円を、

原告小林敬一に対し金二九万〇二六〇円を、

原告堀内尚二に対し金二五万〇四〇〇円を、

原告北井敏英に対し金一五万九六一〇円を、

それぞれ右各金員に対する昭和六三年八月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員とともに支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一争いのない事実

以下の事実は当事者間に争いがない(ただし、時期については、特に断らない限り、いずれも昭和六三年二月ないし七月(以下「本件請求期間」という。)についてである。

1  当事者等

被告会社は、昭和四四年六月二日設立された不動産の管理受託及び管理受託に係る建築物の警備、設備運転保全等の業務を目的とする資本金一億二〇〇〇万円の株式会社であり、昭和六二年八月当時本社及び一七の営業所を有し、従業員数は一〇一九名である。

原告らは、いずれも被告会社の従業員であり、被告会社が管理を受託したビルに配置され、①ビル設備であるボイラー、ターボ冷凍機の運転操作、監視及び整備、②電気、空調、消防、衛生等のビル内各設備の点検、整備、③ビル内巡回監視、④ビルテナントの苦情処理、⑤ビル工事の立会い、⑥記録、報告書の作成等の業務に従事している。

各原告の配置されているビルは次のとおりである。

原告 山岸 武田製薬ビル(所在場所中央区日本橋二丁目一二番一〇号。以下「武田ビル」という。)

同 山田 玉川高島屋ショッピングセンター(所在場所世田谷区玉川町三丁目一八番地。以下「玉川ビル」という。)

同 大橋 富士フィルム東京本社ビル(所在場所港区西麻布二丁目二六番三〇号。以下「富士ビル」という。)

同 鵜瀬 富士ビル

同 金子 玉川ビル

同 真栄城 日本交通株式会社ビル(通称星ヶ岡ビル。所在場所千代田区永田町二丁目一一番二号。以下「星ヶ岡ビル」という。)

同 岡田 日生日比谷ビル(所在場所千代田区有楽町一丁目一番一号。以下「日生ビル」という。)

同 小林 新宿NSビル(所在場所新宿区西新宿二丁目四番一号。以下「NSビル」という。)

同 堀内 NSビル

同 北井 NSビル

2  原告らの就労形態

(一) 原告らは、毎月数回、二三時間または二四時間連続の勤務(以下「二四時間勤務」という。)に従事する。二四時間勤務は、原則として午前九時、あるいは九時三〇分または一〇時から翌朝の同時刻までであり(ただし、NSビルに配置されている原告小林、同堀内及び同北井については午前一〇時三〇分から翌朝の午前九時三〇分までの二三時間)、その間、休憩時間が合計二時間、仮眠時間が連続して八時間(ただし、NSビルに配置されている右各原告については七時間)与えられる(以下「本件仮眠時間」というときは、二四時間勤務における仮眠時間を指す。)。

原告らは、本件仮眠時間中、ビルの仮眠室に待機し、警報が鳴る等した場合には直ちに所定の作業を行うこととされているが、そのような事態が生じない限り、睡眠をとってもよいこととなっている。

(二) 本件仮眠時間は、全原告についてその全部が時間外勤務手当の支給対象となる時間帯にかかっており、また、原告により、その全部または一部が深夜就業手当の支給対象となる時間帯にかかっている。

しかし、被告会社は、賃金計算上、本件仮眠時間を労働時間に含めておらず、二四時間勤務に対しては泊り勤務手当を支給するだけであり、原則として時間外勤務手当、深夜就業手当を支給しない。もっとも、本件仮眠時間前に開始された業務が同時間中まで継続したり、同時間中に突発的に業務が発生したりすることがあり、このような場合には、現実に業務に従事した時間に対し、時間外勤務手当及び時間帯に応じて深夜就業手当が支給される。ただし、本件仮眠時間中に突発的に生じた業務についても、この業務に従事した者がその旨を被告会社に申し出ないと右各手当は支給されない(以下、この申し出を「残業申請」という。)。

3  被告会社の賃金制度

被告会社の賃金制度(ただし、原告らを含む「職員」に関わるもの。)は、法令、労働協約及び就業規則により、次のとおりとなっている。

(一) 賃金は、基準賃金と基準外賃金に二分され、後者の具体的な項目として、時間外勤務手当、深夜就業手当、泊り勤務手当、休日出勤手当及び当直手当がある(以下、この基準外賃金として支払われる賃金を総称して「割増金」という。)。割増金は、当月一日から末日までの分が翌月二〇日に支給される。

(二) 時間外勤務手当の額は、基準賃金を一五六で除した額に1.25を乗じ、所定の端数計算(円未満の端数が生じた場合には切上げ処理)をした額に時間外勤務時間数を乗じて算出する。

(三) 深夜就業手当の額は、基準賃金を一五六で除した額に0.3を乗じ、所定の端数計算(時間外勤務手当の額の算出方法と同じ)をした額に、午後一〇時から午前五時までの間の就労時間を乗じて算出する。

(四) 泊り勤務手当とは、二四時間勤務に就いた場合に支給される手当であり、その額は一回について二三〇〇円である。

(五) このほか、一六時間勤務に就いた場合にも、被告会社所定の計算方法により割増金が支払われる。

4  請求金額

(一) 原告らは、別紙割増金対比表(以下「別表」という。)「泊り勤務手当」欄記載のとおり、本件請求期間中に泊り勤務に従事した。

(二) 原告らは、本件仮眠時間は、原告らが現実に何らかの作業を行ったかどうかにかかわらず、全て労働時間として扱うべきであり、その全時間帯に対し時間外勤務手当が、午後一〇時から午前五時までの時間帯に対しては深夜勤務手当がそれぞれ支給されるべきであると主張する。この主張のとおり計算すると本件請求期間中の時間外勤務時間、深夜勤務時間、各手当額及び割増金合計額は、それぞれ別表「時間外勤務手当」、「深夜就業手当」、「一六時間勤務深夜割増金」及び「割増金合計」欄上段記載のとおりとなる(ただし、被告会社所定の端数処理を行っているため、各手当の合計額と割増金合計欄記載の金額とは必ずしも一致しない。)。

(三) 被告会社は、原告らの泊り勤務について別表「泊り勤務手当」欄記載のとおり、泊り勤務手当を支給したほか、原告らから残業申請のあった本件仮眠時間中の実作業に従事した時間について同表「時間外勤務手当」、「深夜就業手当」、「一六時間勤務深夜割増金」及び「割増金合計」欄の各下段記載のとおりの各手当を支給した(ただし、被告会社所定の端数処理をなして割増金額を計算しているため、各手当の合計額と割増金合計欄記載の金額とは必ずしも一致しない。)。

本件仮眠時間を労働時間に含めないで賃金計算をすると、被告会社は、算出される賃金額を下回らない額の賃金を原告らに支給していることになり、未払賃金は存在しないことになる。

(四) 原告らは、被告会社に対し、それぞれ別表「割増金合計」欄の合計欄上段記載の金額と下段記載の金額との差額、すなわち「請求金額」欄の合計欄記載の金額及びこれに対する支払期の経過後である昭和六三年八月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を請求している。

二争点

本件仮眠時間は、原告らが現実に何らの作業に従事していなくても、労働時間に当たるかどうか。

(なお、原告小林、同堀内及び同北井は、本件請求期間中、一六時間勤務深夜割増金をも支給されているところ、この賃金の額についても、原告らの主張と被告会社の主張は必ずしも一致していないが、本件請求期間全体でみると、原告ら主張額を上回る額が支給されているので、この点は争点とならない。)。

三争点についての当事者の主張

1  原告ら

(一) 労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に拘束されている時間をいう。本件仮眠時間のように、待機業務的な拘束時間は、指揮命令下にあれば労働時間であるところの手待時間に当たることになり、そうでなければ休憩時間に当たることになる。そして、指揮命令下にある時間であるかどうかは、労働者が、労働から離れることを保証されている時間であるかどうか、制約を受けることなく自由に利用できる時間であるかどうか、によって決まる。

(二) 原告らは、本件仮眠時間中、仮眠室またはその周辺の警報機の音が聞こえる場所に待機し、万一の事態があれば直ちに現場に急行して応急措置をとることができるような態勢を常時整えておくよう、業務上の指示を受けている。したがって、原告らは、本件仮眠時間中、場所を移動する自由を与えられていないのはもちろん、応急措置がとれないような態様でいることはできないし、警報を聞き落とさないようにするため熟睡することもできない。実作業から解放されるといっても、警報に注意をしている以上、解放は完全ではない。そして、夜間一人若しくは少人数で万一に備えることの精神的重圧や不安感は、昼間多数の同僚がいる中での労働を上回るものがある。

このように、本件仮眠時間中、原告らは、滞在場所を自由に選ぶことができず、労働からの解放も保証されていないのであるから、本件仮眠時間が労働時間に当たることは疑いがない。

(三) また、被告会社は、管理委託者との間で、各ビルに従業員を夜間も配置することを内容に含めて、管理請負契約を締結し、これによって対価を得ているのであるから、本件仮眠時間を含め、原告らがビルに泊まっている時間は労働時間と認められるべきである。

(四) なお、宿直については、それが仮に断続的労働に当たるものであったとしても、労基法四一条三号、同法施行規則二三条所定の許可を得ていない以上、労働者が宿直に従事した時間について、使用者は割増賃金の支払義務を免れえないことは、裁判例上も明らかであるが、本件仮眠時間についても、同様のことがいえる。

2  被告会社

原告らの本件仮眠時間中の不活動時間は、次のとおり労基法三二条所定の労働時間とはいえない。

(一) 原告らは、本件仮眠時間中、ビルから外出することはできないものの、ビル内の仮眠室で自由に仮眠、休息することができる。本件仮眠時間帯は、通常睡眠をとる時間帯とほぼ一致し、長さにおいても十分で、休養のための睡眠時間として適当かつ十分なものである。また、そのような時間帯であるので、ビルから外に出られないことが大きな制約になることはない。

ちなみに、行政解釈では、出張中の列車乗車時間やトラック運転手のフェリー乗船時間については、場所的制約はあるものの、労働時間性は否定されている。

(二) 原告らは、本件仮眠時間中に警報の発報があると、応急措置を講じなければならないが、その頻度は低く、一回の仮眠時間帯について警報が発報する件数は、記録に残されたもので計算すると平均0.819回であり、少ない原告については0.098回である。原告によっては、本件請求期間中、残業申請を全くしていない。そして、警報が鳴らない間は、原告らは、自由に風呂に入ったり、テレビを見たり、睡眠したりしてよいことになっている。このような本件仮眠時間を労基法上の労働時間であるということはできない。労働解放の保証という点で完全ではないかもしれないが、実際に睡眠した時間までも労働時間に当たるというのは無理である。

ちなみに、呼出しに応じる必要はあるが滞在場所は選択できるという形態の呼出待機の時間については、労働からの解放が完全には保証されていない点で本件仮眠時間と同様の問題があるが、諸外国においても労働時間ではないと解されている。

第三争点に対する判断

一労基法にいう労働時間とは、労働者が使用者の拘束下にある時間(いわゆる拘束時間)のうち休憩時間を除いた(同法三二条参照)時間、すなわち実労働時間をいう。そして、ここにいう休憩時間とは、就業規則等で休憩時間とされている時間を指すのではなく、現実に労働者が自由に利用できる時間を指す(同法三四条三項)。すなわち、現実に労務を提供している時間だけではなく、現実に労務に従事していなくても使用者の指揮監督下にある時間(いわゆる手待時間)であれば、たとえこれが就業規則等で休憩時間または仮眠時間とされているものであっても、なお労働時間に当たり、賃金支給の対象となるというべきである。

したがって、本件仮眠時間が労働時間に当たるかどうかを検討するにあたっては、これが原告らの自由に利用できる時間であるのか、それとも原告らが被告会社の指揮監督下にある時間であるのか、という観点からこれをなすべきである。具体的には、実作業から解放されているかどうか、また労働からの解放がどの程度保証されているか、場所的、時間的にどの程度解放されているか、といった点からも実質的に考察すべきである。以下、右の見地から検討する。

二まず、本件仮眠時間について次の事実が認められる。

1  被告会社と各ビルの管理委託者との間の管理委託契約においては、被告会社は、管理建物を管理するに当たっては常に善良なる管理者の注意をもって誠実にこれを行い、管理業務対象の諸設備の機能を常に最良の状態に保ちビルにおける安全と良好な環境衛生を確保するように努めることが被告会社の義務内容となっている(証人清水)が、夜間のビル設備の管理についての約定は、それぞれ次のとおりとなっている。

(一) 武田ビル

泊り込みの管理業務従業者一名を置き、その業務時間は、午前九時から翌日午前九時とし、午後一〇時から翌日午前七時を待機仮眠時間とする旨定められている(〈書証番号略〉・別紙管理業務仕様書(1)Ⅱ2①b、②)。

(二) 玉川ビル

このビルの管理請負契約書(〈書証番号略〉)では、夜間の泊り勤務について直接の条項はないが、委託者が被告会社に管理要員の宿直室を無償貸与する(〈書証番号略〉・第一三条一項)、被告会社は管理要員の宿直用寝具類の経費を負担する(同条二項(2))、という条項があり、ビルに泊まり込んで勤務する従業員のあることが前提とされている。

(三) 富士ビル

宿直者一名を、午前八時五五分から翌日午前八時五五分まで勤務させる旨定められている(〈書証番号略〉・別紙1設備班勤務シフト表)。

(四) 星ヶ岡ビル

宿直者一名を午後五時一五分から翌朝午前八時四五分まで勤務させる旨定められている(〈書証番号略〉)。

(五) 日生ビル

毎日交代して一名宿直し夜間の保守業務に任ずる旨定められている(〈書証番号略〉・別表1ⅡD)。

(六) NSビル

二四時間拘束として、常時三名の泊り勤務制とし、翌朝は明け退出とする旨定められている(〈書証番号略〉・別表C1(4))。

2  被告会社においては、本件仮眠時間中の従業員の職務に関し、就業規則等で格別書面化していないが、泊り勤務者は、本件仮眠時間中であっても監視若しくは故障対応が義務付けられており、このため右勤務者は、必要な事態が発生した場合には直ちにこれに適切に対応できるように待機していることを命じられている。具体的には次のとおりである(争いのない事実、〈書証番号略〉・就業規則第一七条四項、証人山田、同丸山、原告金子)。

(一) 配属先のビルからの外出は禁止されている。緊急に外出しなければならない事態が生じた場合には、少なくとも保安室に連絡して外出しなければならない。これに違反したときは、懲戒の対象となりうる。

(二) 仮眠室に在室していなければならず、仮眠も同室でとらなければならない。

(三) 設備関係の警報が発報した場合には、直ちにこれに対応した必要な措置をとらなければならない。

(四) 電話が鳴った場合は接受しなければならない。

(五) 飲酒してはならない。

3  各ビルの仮眠室の状況は次のとおりである。

(一) 武田ビル

仮眠室は地下三階にあり、広さは六畳程度である。室内には寝台一台が置かれており、その枕元に電話機と警報機が設置されている(〈書証番号略〉、証人清水)。

(二) 玉川ビル

仮眠室は地下二階の階段裏(中二階)にあり、広さは四人が一度に寝泊まりできる。壁に、火災、水槽の水位、冷蔵庫、漏電の四つの関係の警報機が設置されている(〈書証番号略〉、原告金子)。

(三) 富士ビル

仮眠室は地下三階にあり、広さは三畳程度で、仮眠場所として畳が二枚敷かれている。入り口付近の壁に中央監視室に直結された警報用のベルとブザーが一個ずつ設置されている(〈書証番号略〉、証人清水、原告大橋)。

(四) 星ヶ岡ビル

仮眠室は、地下三階の中央監視室の奥を簡単に間仕切りした場所である。広さは五ないし六畳間程度であり、仮眠場所として畳が四枚敷かれている。警報は、中央監視室の警報を直接聞くことになる(〈書証番号略〉、証人清水)。

(五) 日生ビル

仮眠室は、地下五階にあり、仮眠用に寝台が二台置かれている。寝台脇の壁に警報機が設置されている(〈書証番号略〉、証人清水)。

(六) NSビル

仮眠室は、地下三階にあり、広さ八畳間程度の和室である。入り口天井付近の壁に中央監視室に直結された警報機が設置されている(〈書証番号略〉、原告大橋)。

4  原告らは、本件仮眠時間中に警報が鳴る等した場合には、一般的には次のとおり対処する(証人清水)。

(一) 警報が鳴ると、まずビル内の監視室に移動し、そこに設置されている警報の表示窓により、警報の種類を確認する。次に警報の原因が存在する場所に赴き、警報の原因を除去する作業を行う。

この除去作業は設備によってそれぞれ異なるが、例えば、水槽の水位の異常により警報が鳴った場合には、水槽のある場所に行き、水位が低くなって警報が鳴ったときであれば水を汲み上げ、ポンプが故障で止まらなくなり水が溢れて警報が鳴ったときであればポンプを停止する。水位に異常がなく警報の回線の異常による誤報であると思われるときはその調査を行う等の処置をとる。

また、加圧タンク(防火災用のスプリンクラーの配水管に圧力をかける設備)の圧力が下がって警報が鳴った場合は、現場に行ってポンプを動かし、圧力を高める作業を行う。

(二) 警報は、時として何らの異常が発生しなくても鳴ることがある。例えば防火災用の煙感知器は、虫が入ったりすると、実際には火災でなくても発報することがある。しかし、監視室では誤報かどうかは分からないので、現場に赴いて確認をしなければならない。

(三) 警備員が水漏れや螢光灯の不点灯の発見を連絡したり、工事業者が打ち合わせをしたりするために、仮眠室に電話をしてくることがある。この場合も現場に行って補修をする等の対応をすることになる。

三右二で認定した事実によると、まず、全てのビルにおいて、被告会社が従業員一名以上を配置して夜間に泊まり込みで設備の保守等に従事させることが管理請負契約の内容となっている。すなわち、原告らが本件仮眠時間中各ビルの仮眠室に待機していることそれ自体がすでに、被告会社が管理請負契約上の義務を履行するために行われているものであり、被告会社の業務の一環を成しているといえる。このことから、原告らは、警報や電話等に対し相当の対応をすることを職務として義務付けられており、本件仮眠時間中、労働からの解放は保証されていない。したがって、原告らは、本件仮眠時間中、被告会社の指揮監督の下に待機しているものといえる。

そして、本件仮眠時間中、原告ら従業員は、ビル外への外出を原則として禁止され、仮眠の場所も特定されており、警報への対処等を行わなければならず、このため、警報器や電話機から離れることもできないこと等を考慮すると、原告らが負っている場所的な制約は相当に強度なものがあるといえる。

以上の点に照らすと、本件仮眠時間は、労働時間として扱われるべきものといわなければならず、このことは、本件仮眠時間中、結果的に警報が鳴る等しなかったため、原告らが何らの作業を行うことなく始終睡眠をとることができた場合でも変わりはないというべきである。

四もっとも、原告らが、本件仮眠時間において事実上完全に労働から解放されているといえるのであれば(例えば、警報が鳴ったり電話がかかってきたりすることが事実上皆無であることが常態であるというのであれば)、右三で述べたところとは結論が異なってくると解する余地もあろう。しかし、原告らが本件仮眠時間中労働から完全に解放されているとの事実については、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって次のとおり、原告らが本件仮眠時間中に現実に労働に従事していたことを認めうるのである。

1  原告らは、本件請求期間中の本件仮眠時間中に、予定された勤務に従事した以外に次のとおり突発的に作業の必要を感じ、実際にこの勤務に従事し、これについて残業申請をし、賃金を受給した(争いのない事実)。

(一) 武田ビル

原告山岸は、三月一八日午前五時三五分から午前七時まで、地震発生による館内巡回、エレベーター緊急要請の立会いを行った。

(二) 玉川ビル

原告山田は、四月一二日午前三時三〇分から午前四時三〇分まで、地下一階七五区画火災感知機が発報したため、調査、修理を行った。

(三) 富士ビル

原告大橋は、二月二二日午前二時一〇分から午前三時四〇分までの間、九階及び一〇階の火災感知機が発報したため、発報場所確認、原因調査、復旧を行った。

(四) NSビル

(1) 原告小林は、

① 三月四日午前七時から午前七時三〇分まで、一階南側住友不動産照明用電源のトリップの調査、復旧を行った。

② 四月一四日午前一時から午前二時まで、四階南側キャフト食器洗浄室天井からの水漏れに対し応急措置を行った。

③ 四月二九日午前一時から午前二時まで、二階東側分電盤内ビルコン端末機の電源のトリップの復旧を行った。

(2) 原告堀内は、

① 四月八日午前二時四〇分から午前三時四〇分まで、地下一階西側の自動扉操作用エアーコンプレッサーの異常に対応措置をとった。

② 七月二一日午前一時一六分から午前三時二〇分まで、三階東側空調用ビルコン端末機のアラーム発報のため対応措置をとった。

(3) 原告北井は、

① 四月二九日午前一時から午前二時まで、二階東側分電盤内ビルコン端末機の電源がトリップしたため、復旧作業をした。

② 七月二一日午前一時一六分から午前三時二〇分まで、三階東側空調用ビルコン端末機アラーム発報のため対応措置をとった。

2  被告会社は、原告らが本件仮眠時間中に具体的な作業に従事して残業申請をした場合、この労務に対しては賃金を支給するが、この支給金額につきさらに被告会社から各ビルの管理委託者に格別に請求することとなっている。すなわち、本件仮眠時間中の作業に対する賃金の最終的な負担者は管理委託者であり、このことは原告らも了解していた。このようなことから、原告らは、本件仮眠時間中の手当の額が多くなり被告会社の管理委託者に対する立場が悪くなることを慮って、本件仮眠時間中に警報に対処する等して具体的な作業をした場合でも、実作業が十数分程度の時間内で終われば、あえて残業申請はしないで済ませていた(〈書証番号略〉、証人清水、同山田、原告金子、同大橋)。

このように、原告らは、残業申請をしない場合でも、本件仮眠時間中に突発的に生じた事態に対応して作業を行うことがあったが、そのおおよその状況は以下のとおりであった(なお、以下認定の事実は、特に時期を特定したものを除き、正確な時期までは確定できないが、本件請求期間またはこれに近接した時期のものと認められる。)。

(一) 武田ビル

このビルの警報の中では、水槽(上水受水・高架水槽、用水受水・高架水槽、雑排水槽、汚水槽等)関係の満水、減水警報の発報が比較的多かった。その主なものは、電極棒の汚れによる停止水位上昇の満水警報(高架水槽)、電極棒に異物が絡みポンプが停止水位以下に下がってしまうことによる減水警報(汚水槽)、ボールタップ(水位制御弁)の止水不良により水位が上昇することによる満水警報等であった。水槽関係の警報が発報すると、その状態(満水、減水)を表示する表示灯が点灯しブザーが鳴るが、その状態が自然に解消しても、表示は消灯するものの、ブザー音は原告らにおいて止めなければならなかった。異常がある場合には状況により応急処置等を実施するが、翌朝以降に処置する以外に対応のしようがない場合もあり、そのような場合、現場での作業は状況の確認だけであり、五分ないし十分程度の時間で済んでしまうので、残業申請はしないのが通常であった。また、水位関係の警報は発報してもすぐ止まるということが間々あったが、このようなものについては記録を残さないこともあった。

電気関係の警報については、ビルの照明設備が老朽化し、螢光灯の安定器の絶縁が全体的に悪く、漏れ電流が増大していたため、軽地絡警報(警報のみで遮断機等は作動しない。)が発報しており、全館の安定器交換工事が行われたが、これが完了するまでの間昼夜を問わず発報していた時期もあった。このような場合の対応としては警報を止める以外にはなかったので残業申請はしなかった。

さらに、夜間にビルの改修工事をしている業者から、打ち合わせの電話が入ったりすることがあった。

(〈書証番号略〉、証人清水、同丸山)

(二) 玉川ビル

このビルは昭和四四年に竣工したビルで、老朽化により管理上の故障発生が多かった。

このビルでは、仮眠室の電話が鳴る頻度は、およそ泊り勤務二回につき略々一回であったが、ビルのテナントからかかることが多かった。すなわち、このビルのテナントの中にはパン屋、そば屋等、本件仮眠時間帯の午前二時ないし五時ころから業務を開始するものがあり、そのようなテナントから螢光灯の具合が悪いとか、機械が止まったので見て欲しい等といった内容の電話がかかってくることがあった。そのようなときは、現場に行って対処した。

また、巡回中の警備員が、毎日午後二時ころと五時ころビル内を巡回しているが、この警備員から、漏電ブレーカーが作動してブザーが鳴っていることを電話で知らせてくることがあったが(この警報は、テナントが独自に設置したもので、監視室の警報とは別のものであった。)、この場合も、やはり現場に行って対処していた。

また、夜間にテナントの改装工事等が行われることがあったが、この際、電線が鉄骨に触れたり、業者の持ち込んだ機械が漏電したりして、電気関係の警報の鳴ることが多かった。スプリンクラー関係の警報も、工事の際に圧力スイッチが働いて発報した。

なお、原告山田は、本件請求期間から約三年後である平成三年一〇月に少なくとも六回泊り勤務に従事したが、その際、仮眠時間中に警報が発報したことが少なくとも八回あり。一回の仮眠時間中に多いときで二回警報が発報したことがあった。

(〈書証番号略〉、原告金子)

(三) 富士ビル

このビルには、水槽、電気、火災の関係で警報設備が設置され、泊り勤務を行っている者は、警報が鳴ると、まず監視室に行き、何の警報か確認することになっていた。水槽関係の異常がある場合、自然に復旧することもあったが、復旧しないときは現場に行き、マンホールを開けて水量を確認した。この時点で警報が誤報と判明することもあったが、満水になっているときはポンプを作動させて排水し、水が少ないときは給水した。電気関係の警報の場合は回路の絶縁測定を行った。火災関係の警報が鳴ったときは、現場に行ってどの感知器が作動しているのかを確認し、その感知器を清掃ないし交換していた。

具体的な例としては、本件請求期間中の二月か三月ころの午後一一時ころ、雑排水槽の満水警報が鳴ったため、原告大橋が、現場に行って確認したところ異常はなく、警報の鳴った原因ははっきりしなかったということがあった。また、本件請求期間中の六月ころの午前三時ころに漏電関係の警報が鳴ったため、同原告が、監視室で場所を確認し、該当の分電盤の絶縁を測定したが、規定値以下だったのでブレイカーを上げて復旧したということがあった。

また、このビルでは、水関係の施設が老朽化して給水管、排水管からの水漏れが多かった。水漏れについては警報装置はなく、発見した保安員が仮眠室に知らせてくるが、この連絡が本件仮眠時間中にされることがあった。連絡があると、泊り勤務者は、取り敢えず現場に行って状況を確認し、道具を取りに監視室に戻り、再び現場に戻って応急措置をすることになっていたが、このようなことは一週間に一度あるかないかの頻度で生じており、これに費した時間は事故状況によっても異なるが、一回につき約三〇分、長くて一ないし二時間というのもあった。

本件請求期間中の二月二一日から七月一一日までの間、右のように、本件仮眠時間中に警報が鳴ったり、漏水が発生したりした件数は業務日誌上に記録されているものだけで一八件であり、記録されていない警報もあった。

(〈書証番号略〉、原告大橋)

(四) 星ヶ岡ビル

このビルでは、発電機を起動させるためのコンプレッサーの空気圧が下がり、警報が鳴ることが間々あった。この警報が鳴ると、泊り勤務者は現場に赴いてコンプレッサーを操作して圧力を正常にしていた。また、このビルでは、雑排水槽関係の警報が鳴ることも多かった。

(証人清水)

(五) NSビル

このビルは、他のビルと比較すると、ビルの規模が大きく、またコンピューターで施設を細かく管理しているため、警報の鳴る回数が多い。

このビルでは、防災関係の警報の対処は防災センターに詰めている保安員が行うことになっており、原告らが対処する警報はそれ以外のものであるが、防災関係で異常がある場合でも仮眠室の警報が一応鳴るので、原告らとしては警報が鳴ったときはやはり監視室に行って何の警報かを確認せざるをえないし、防災関係と判明したときも、防災センターからの連絡を日誌に記載する必要があるのでしばらく監視室に留まることになっている。

そして、本件請求期間中の本件仮眠時間中に警報の鳴った回数は合計一四八回であったが、その具体的な発報状況は次のとおりであった。

(1) 二月二九日、午前〇時から午前八時までの間に、風量調整機、温度調節、消防用水ポンプ等の関係の警報が合計一〇回鳴った。

(2) 三月一日から同月一七日までの間の本件仮眠時間中に警報が二八回鳴った。同月一八日午前五時三四分から三八分にかけて水槽関係の警報が断続的に鳴り続けたが、これは地震が原因であった。

(3) 三月一八日、午前五時三五分の一分間に、地震、機械の異常その他の何らかの理由により、水槽関係の警報が断続的に鳴り続けた。

(4) 六月五日から同月一五日の間の本件仮眠時間中に警報が一三回鳴ったが、そのうち八回は同月九日の午前四時二六分から午前七時二九分までの間に集中しており、警報の内容は、ガス漏れ、温度調節等の関係であった。

(5) 六月二六日から同月三〇日までの間の本件仮眠時間中に警報が四回鳴った。

(6) 七月一日から同月五日までの間の本件仮眠時間中に警報が一六回鳴ったが、そのうち一一回は同月一日に集中していた。

(〈書証番号略〉、証人丸山、原告大橋)

(六) 日生ビル

原告岡田の勤務先である日生ビルについては、本件請求期間中に残業申請がなかったことについて当事者間に争いがなく、同原告が本件請求期間またはこれに近い時期の本件仮眠時間中に警報に対処する等の具体的な作業に従事したというような事実は、少なくともこれを直接に立証する証拠はないが、右(一)ないし(五)で認定した他のビルの状況及び日生ビルについては平成三年四月から同年七月までの間、本件仮眠時間帯に業務日誌に記録されたものだけで少なくとも一三二回警報が鳴ったこと(ただし、内二五回は点検作業のため警報装置を意図的に鳴らしたものであった。)(〈書証番号略〉、証人丸山)に照らすと、このビルについても本件請求期間またはこれに近い時期の本件仮眠時間中に警報が鳴る等の事態があったものと推認することができる。

五被告会社は、出張中の列車乗車時間、トラック運転手のフェリー乗船時間、滞在場所を自由に選択できる呼出待機に服している時間は労働時間とは解されておらず、本件仮眠時間についても同様に解するべきである旨主張する。

なるほど、被告列挙の各時間の中には労働時間性について疑問の生じる余地もあろう。これらの場合、当該労働者の本来の業務は、出張先での何らかの業務、荷先への運転運搬業務、呼び出された後になすべき業務であって、問題とされる時間は本来の業務それ自体ではないからである。また、前二者においては列車内、フェリー内に場所的に拘束されており、後者においては不定期に本来的業務への着手が命ぜられることになる。したがって、警報後の処置が命ぜられた中心的業務であり、また、場所的にビル内の一定の場所に所在しなければならず、さらに、不定期に本来的業務に着手することが必要である本件とこれらの事例との間には、なるほど、一応の類似性が認められる。しかしながら、出張中の列車乗車時間やトラック運転手のフェリー乗船時間がその時間内になすべき具体的労働のない限り労働時間ではないと解されるのは、当該の者がその時間内、具体的作業等の労働から解放された自由な時間を有しているからであって、所在しうる場所が列車内、フェリー内に拘束されることは単に事実上のことにすぎず、場所的に列車内、フェリー内にいること自体が業務命令の内容になっているものではない。これらの場合には、列車内、フェリー内に事実上拘束されることは、出張先における業務、運転運搬業務という中心的業務に就くための一方法にすぎない。これに対して、本件仮眠時間は、被告会社の業務命令によって、その場所に所在すること自体が原告らの義務とされているのであって、しかも、当該時間内にいつ警報が鳴り、いつ具体的作業に就かなければならないかはまったく不定であり、労働からの解放の保証がない。また、いわゆる呼出待機の場合に待機中の時間が労働時間でないのは、待機中とはいえ呼び出されるまでの間、所在すべき場所の拘束が弱く、さらに呼び出し後具体的作業への着手までの時間的制約についても余裕があるため、時間の使い方が労働者の自由に委ねられていると評価できることを理由とするものにすぎず、本件仮眠時間のように、業務命令によって場所的な強度の拘束を受け、しかも警報が鳴り次第速やかに対応すること自体が中心的業務とされている場合とは性質が異なるというべきである。現実に具体的作業等の労働を行っていない時間が労働時間といえるかどうかは、具体的労務を提供すべく一定の場所にいることがそれ自体として使用者の指揮監督下にあることを意味すると評価しうるか否かによって判断すべきものであって、被告会社の挙げる例は、いずれも使用者の指揮監督、労働からの解放の保証の点において、本件仮眠時間と同一に論じることはできない。

六なお、原告らの泊り勤務の実態は、時間外及び深夜割増賃金支払義務の適用除外を定める労基法四一条三号、同法施行規則二三条に所定の宿直勤務で断続的な業務に該当する可能性があるようにも思われないではない。

しかし、被告会社は右各条項所定の所轄労働基準監督署長の許可を受けていないから(証人山田)、結局、被告会社は、割増金の支払義務を免れえない。

第四結論

よって、本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官林豊 裁判官岡田健 裁判官松本光一郎は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官林豊)

別表〈省略〉

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